15人に1人が発達障害!?

 

私がいわゆる「発達障害」という言葉を知ったのは、進学塾を辞めて自分で教室を開いてからでした。

 

計算力を磨くことが「数学ぎらい」を減らすことにつながると思っていた私は、「どんな子どもでも歓迎」というチラシをまきました。すると本当に「今まで出会ったことのないような子どもたち」と出会うことになったのです。

 

二人目の生徒が自閉症でした。

 

自閉症という言葉は知っていましたが、自閉症児に会ったことはありませんでしたから付け焼き刃で猛勉強しました。けれども本を読めば読むほどわからなくなっていきました。

 

なにより本に書いてある話と、目の前にいるT君とは全然違うのです。

 

救いになったのは、ある児童精神科医の

 

岡田さん

一口に自閉症って言うけど

症例は自閉症児の数だけ

あるからなぁ

という言葉でした。

 

自閉症という言葉や、医学や教育学の知見に頼るのではなく、自分の体と心で目の前にいるT君と向かい合い「何ができるのか?」を探り続けることだと思うと、スッと心が軽くなりました。

 

実際何人かの「自閉症」と診断された子どもたちの学びにつき合ってきましたが、その症状(?)は千差万別でした。例えば、誰にもほとんど言葉を出せないけれども、こちらが言っていることはある程度理解している子どもがいました。その一方で「もう少し黙ってて」と言いたくなるほど話す子どももいます。

 

「自閉症だったら、こうすればいい」などというマニュアルがあるとは、私はとても思えません。

 

そもそも、いわゆる「健常児」であっても「こういうときは、こうすればいい」という万能な対

策はありません。素質も育った環境も、その時の課題も違うからです。

 

正直「15人に1人」などという数字が画面に踊り「専門家に相談して対策を」などと言われると、吐き気がします。「発達障害」という言葉でひとまとめにしないで欲しいのです。

 

問題はどんな障害なのかではないからです。その子とその子の周りの人が何に困っているのか?

今日より明日、少しでも改善するためにできることは何か? を、個別具体的に考えることだからです。失敗を恐れずに、とりあえず挑戦することだからです。

 

どんな石だって、少しずつ磨けば光ってくるのです。

 

泥団子だってピカピカに光るのです。

 

人間が光らないのは、磨き方を間違えているからです。

 

素材のせいにしてはいけません。